ニュースの概要

米ノースイースタン大学が、オークランドの高齢者を対象に、スマートフォンやパソコンの使い方を学生が手助けするイベントを開いた。急速に進むデジタル化で、世代間の「使える人」と「使えない人」の差が広がっていることが背景にある。会場では学生と高齢者が一対一で向き合い、それぞれが抱える個別のつまずきを解決していった。さらに、68歳のAI教育活動家が登壇し、生成AIを使うときは誤情報や過度な依存を避けるため、自分で批判的に判断することが欠かせないと語った。技術の話に終わらず、人と人との関わりを軸に据えた点が特徴といえる。高齢者を「教える対象」ではなく「隣に座る相手」として扱う設計が見える。

引用元: ノースイースタン大学、オークランドの高齢者向けデジタルリテラシー支援を実施(Northeastern University)

分析・見解

「教室」ではなく「隣の席」で教える形が成果を生む

デジタル格差の支援というと、講義形式の講座を思い浮かべがちである。しかし、高齢者のつまずきは人によって驚くほどばらばらだ。ある人は写真が送れず、ある人は迷惑メールの見分け方に悩み、またある人は病院の予約アプリの本人確認で止まっている。講義では、こうした個別の事情に手が届かない。

今回のイベントが一対一の形をとったのは理にかなっている。学生は相手の画面を一緒にのぞき、その場で原因を探せる。「こんなことも分からないのか」と思われる不安も、家族ではない第三者が相手だと和らぎやすい。

格差の正体は「機器の有無」から「相談相手の有無」へ

かつてのデジタル格差は、パソコンや回線を持っているかどうかの差だった。今はスマートフォンが広く行き渡り、差は「使いこなし」に移っている。行政手続き、銀行、通院、買い物までが画面の中に移り、使えないことが生活の不便に直結する。

日本でも、携帯電話会社や自治体によるスマホ教室、国のデジタル活用支援の取り組みが広がってきた。ただ、多くは単発の講座で、帰宅後に困っても聞く相手がいない。私は、今の格差の本質は知識の差よりも「気軽に聞ける相手がいるかどうか」の差だと考えている。今回の事例は、その空白を人の力で埋めようとしている。

生成AIへの「疑う力」こそ、高齢者に必要な道具になる

68歳の活動家が語った批判的な判断の大切さは、見落とされやすい論点を突いている。生成AIは、もっともらしい誤りを自信ありげに書くことがある。「画面に出た文章は正しいはずだ」と受け取る人ほど、誤情報の被害を受けやすい。同時に、人生経験が豊富な人は、話の筋のおかしさに気づく力も持っている。

興味深いのは、講演者自身が高齢の当事者だった点だ。若者から「危ないですよ」と注意されるより、同世代の言葉のほうがずっと届く。教える側と教わる側を固定しない設計が、信頼を生んでいる。

学生の学びと、単発で終わらせない仕組み

学生にとっても、専門用語を使わずに説明する訓練になる。自分には当たり前の操作が、他の人には当たり前でないと知る経験は、将来サービスを作る人材に欠かせない。一方、単発のイベントでは効果が薄れやすい。定期開催や相談窓口との連携が伴うかどうかが、この取り組みの真価を分けるだろう。

ビジネスへの影響

窓口と説明書を「隣に座る」前提で作り直す

企業や自治体がまず見直せるのは、サポートの設計である。電話とよくある質問のページだけでは、高齢の利用者は「どこが分からないのか」を言葉にできない。画面を一緒に見られる手段、たとえば店頭での同席サポートや画面共有を用意したい。手順書も、専門用語を避け、画面の写真つきで一操作ずつ示すだけで、問い合わせの質は大きく変わる。

地域の大学や学生と組む低コストな支援モデル

今回の形は、費用を抑えて再現しやすい。大学は学生の実践の場を得られ、企業や自治体は人手と地域の信頼を得られる。店舗や公民館を会場に、月1回の相談会を開くところから始められる。学生には単位や謝礼を設け、続けられる形にしたい。高齢の顧客との接点が増え、自社サービスの分かりにくい箇所も具体的に拾える。

生成AIを案内する際は「確かめ方」もセットで伝える

AIを使った新サービスを高齢層に広げるなら、使い方だけでなく確かめ方も伝えるべきだ。回答の出典を見る、大切な内容は別の情報源でも確認する、お金や健康に関わる判断は人に相談する。この三点を案内に添えるだけで、誤情報によるトラブルやクレームの予防になる。

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